「心不全」と言う言葉は日常よく聞かれると思います。文字通り、心臓が機能を失う状態と考えて良いでしょう。以前、死亡診断書に書かれる死因で「急性心不全」と書かれていることがしばしばありました。人間死ぬ時は心臓が停止するので心不全は当たり前のことです。死因不明な時にこの病名を書いていたと思われますが、現在ではこの病名をつけることは禁止されています。心停止に至った原因となる疾患名を死因としなければなりません。今回は全身の病気があって二次的に心停止するのではなく、心臓そのものが原因となって機能不全に陥る「心不全」についてお話します。一般に心不全の症状で典型的なのが「息切れ」です。特に歩行時など身体活動によって症状が悪化します。一見、呼吸器疾患のような症状がなぜ心不全によっておこるかを説明しましょう。まずは人の体循環から説明します。人間の血液の循環は 心臓左心室→大動脈→全身臓器(動脈系)→(一部腎臓から排泄)→(静脈系)→右心房→右心室→肺動脈(静脈系)→呼吸から得られた酸素をとりいれる→肺静脈(動脈系)→心臓左心房→左心室→・・・ これを繰り返します。重篤な心不全に陥る原因となるのが左心室の機能不全です。左心室は血液を身体に送る大事な部分で心臓の中でも最も厚い筋肉で構成されています。皆さんが測定している血圧の収縮期血圧(上の血圧)はこの左心室内の圧力とほぼ同じです。左心室の力が弱くなり(収縮不全)、ある一定の血圧が上がらなくなり、動きが悪くなることで1回の拍出量が低下し、体循環が悪くなります。左心室から十分な血液が送り出せないと徐々に手前の左心房に血液が淀んできます。やがて肺静脈、肺内に血液が淀むことになり、肺内に血液が鬱滞すると酸素を血液に取り込めなくなります。その結果呼吸が苦しくなるのです。身体活動が高まると酸素需要が高まるのですが、それに見合う酸素が取り込めなくなるためにより呼吸障害が強くなります。これが心不全に伴う息切れの原因です。左心室収縮不全だけでなく拡張不全でも同じようなことが起こります。左心室は拡張するときに左心房から血液が流入しますが拡張不全があると血液が左心室に流れ込みにくくなります。それにより同様に肺内に血液が鬱滞するようになります。心臓弁膜症でも心不全が起こります。弁が狭窄したり、弁から血液が漏れたりする(閉鎖不全)程度が強いと結果的に肺内鬱血が起こります。一方、右心室の機能不全があると肺内鬱血はないのですが全身から血液が返って来にくくなるため、足などにむくみが現れます。肺と肺を包む胸膜の間の胸腔というスペースに水がたまるものを胸水と呼びますが、右室不全(右心不全)を原因とすることが多いと思われます。このように心不全とは心臓の機能異常に伴う循環不全といい変えることができます。
それでは左心室機能が低下して起こる左心不全の原因は何でしょうか? わかりやすい病気では心筋梗塞があります。心筋の一部が血管の閉塞により壊死することで心筋のポンプの力が弱まってしまいますが、広範に壊死してしまうと心不全になりやすくなります。心筋症と言われる心臓病も心不全を起こす代表的な疾患です。特に拡張型心筋症と言われる左心室が拡大し、収縮力も低下する疾患は心臓移植の対象疾患として最も多く見られます。肥大型心筋症は、収縮力はそれほど落ちませんが拡張機能が落ち、心不全を起こす可能性があります。この疾患はどちらかというと致死性の不整脈を誘発することが問題です。しかし、急性心不全で最も救急で受診する患者さんが多いのが高血圧性心不全といわれる高齢者で多く見られる疾患です。左室収縮力はそれほど低下していませんが、拡張能の低下が心不全の原因です。長いこと高血圧に曝されて心筋が厚くなり、やがて心筋線維化が起こり、拡張能を中心とする心機能低下が見られます。中には拡張型心筋症と区別がつかないような左室拡大と収縮不全に陥る例もみられます。近年、高齢者が増加する中、この心不全患者が増えており、「心不全パンデミック」という言葉も切られるようになってきました。次回は増え続ける心不全への対策について説明致します。