医療・医学なんでもコラム

院長が日々診療に携わる専門家としての知見から、医療や医学について様々なテーマで語ります。現状の医療と医学の実情がわかるコラムです。

コラムNo.5 エビデンス(証拠)に基づく医療って何?

かつて医療は医師の経験や、薬であればその作用機序と病理の関係から理論的と思われる治療に基づいて行われていました。例えば、狭心症であれば冠動脈という血管が狭窄しているので冠動脈を広げる作用のある硝酸薬(俗にニトロともいう)を毎日服用してもらえば狭窄を予防できるであろうと考えられていました。喘息についても気管支が狭窄する病気なので常に開いておけば予防できると言う判断でキサンチン製剤(テオフィリン)という気管支拡張薬を毎日服用することが治療のスタンダードでした。しかし、狭心症も喘息もそのような治療では再発を十分予防できませんでした。狭心症では胸痛がある場合には多少の症状の緩和があるものの心筋梗塞の発症を防ぐことができませんでしたし、テオフィリンで喘息の発作を予防するには限界がありました。最近では多くの症例を登録してその後の患者さんのイベント(再発、新規発症や死亡)を調査して得られたエビデンス(証拠)に基づいた治療が推奨され、治療ガイドラインに記されるようになりました。その結果、狭心症では血栓予防薬であるバイアスピリンや狭窄の原因となるプラークの進展を予防するスタチン系抗コレステロール薬、その他動脈硬化の原因となっている患者個人のリスク低減治療(糖尿病や高血圧)がスタンダードな治療とされています。気管支喘息ではその後開発されたステロイド吸入薬と気道炎症を予防する抗ロイコトリエン薬の内服が有効とされています。従来使われてきた血管や気管支を広げる薬は急性増悪の場合にのみ推奨される薬剤に位置づけられています。いずれも病気の原因とされる機序に切り込んだ治療法がエビデンスレベルの高い治療となりました。このように、経過を追って治療効果を明らかにすることで有効性を確認、つまり証拠(エビデンス)をつかんで得られた医療をエビデンスに基づく医療(Evidenced Based Medicine=EBM)といいます。医学の進歩は新たな治療法を開発するだけでなく、従来の薬の見直しと既存の病態研究によりどのような治療が予後を改善するかを教えてくれます。現在、様々な疾患において現状の治療法が病状の悪化や再発を予防できているか経過を追って調べているところです。一部の治療は意味がないどころか逆に害になる治療法であることもあります。治療とその後の予後の関係を調べたエビデンスレベルによって疾患のガイドラインが作られ、推奨されない治療は今後消えていき、保険診療も制限される可能性があります。欧米ではすでにエビデンスのない治療は保険診療が査定されています。医師もガイドラインなどに発表されるエビデンスを知っておかないと漫然と意味の無い治療を続けることになり患者さんに利益をもたらさないでしょう。

次回は「エビデンスに基づく医療は万能なのか?」を紹介します。

コラムNo.4  最近の新薬や先進治療 -光と影- 

近年、新薬の発売は以前より減少しています。これはある意味しかたのないことです。新薬の登場は医学の進歩に並行して進められるものですが、その医学の進歩は徐々に頭打ちになってきているのですから。とはいえ、ノーベル賞で話題になったオプジーボなどのように癌医療のbreakthrough (突破口)となるような薬が開発されれば同じ系統の発展的な薬剤が開発されると思います。癌医療については現在も発展途上です。私が大学勤務時代に専門としていた核医学分野でも癌治療の期待が高まっています。癌に特異的に取り込まれる薬剤にα線やβ線といった放射能を持った物質を結合させて体内に投与するRI(ラジオアイソトープ)治療です。現在、国内では甲状腺癌、悪性リンパ腫、前立腺癌骨転移でこの治療が行われていますが、ドイツなどで行われている研究成果を見ると神経内分泌腫瘍、前立腺癌すべての転移に対するRI治療が一定の成果を上げています。RI治療の利点は副作用が極めて少ないために繰り返し実施可能であることです。今後の治療成果が待たれるところです。

 このように画期的な治療が出てくると、脚光を浴びますが、残念ながら多くの治療は臨床例を重ねるにつれ有効性に陰りが出てきて、行われなくなるか他の治療に置き換わっていきます。RI治療についても医療費は高額ですが、国内ではそれに見合った成果が出ておらず、現在でも治療件数が増加しているのは甲状腺癌のみという状況です。

一方、新たな治療にはリスクがつきものです。肺腺癌に有効とされる分子標的薬のイレッサ(ゲフィチニブ)は日本が海外に先駆けていち早く認可されましたが、その後間質性肺炎の副作用が出てそれが原因で多くの死亡例が報告されました。このような事例があると厚労省もなかなか日本初の薬剤は認可しにくいでしょう。現在はほとんどの新薬は海外で安全性が確認された薬剤が認可される体制が取られています。逆に言うと、国内でも海外でも認可されたばかりの新薬をいち早く使用することは大きなリスクがあると思った方が良いです。

昔から行われている癌の放射線治療の成績は進歩してきています。画像診断の進歩により癌の照射範囲の決定についてより正確になり、さらにそのターゲットに照射する技術(3次元照射、IMRTなど)が進歩したことによります。昔に比べて癌に対してより高い線量を効率良く照射し、かつ正常部位には可能な限り低い線量が当たるように照射することが可能になっています。効率の良い照射といえば陽子線治療も期待されています。しかし、この治療法は保険適用外となり280-300万円の自費負担がかかります。

循環器系に関する薬物治療は近年、手詰まり感があります。降圧すればするほど予後が改善します、と叫びながら頑固な高血圧を治療するにはまだ限界があり、ガイドライン通りにはならないのが現状です。ARB(アンジオテンシン受容体拮抗薬)が出て以来、20年も新たな作用機序の降圧剤は世の中に現れていません。そのため多剤併用が当たり前となり、ポリファーマシーの原因となっています。1剤でも降圧効果の高い降圧剤が臨まれるところですが、さらなる開発が待たれます。循環器系の侵襲的治療については様々な治療が出てきていますが、これに関しては別のテーマで論じたいと思います。

まとめますと、新たな薬剤や治療法は一定の成果が期待されるも副作用のリスクや効果の有効性が症例の積み重ねがないと信頼できません。医療費も高額になりがちで国の財政や個人の経済的問題が無視できません。新たな治療を選択する場合には他の治療が難しく、且つ適応が十分確認されている場合にのみ考慮されるべきでしょう。

次回は「エビデンス(証拠)に基づく医療って何?」をお送りします。

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