どんどん膨らむ日本の医療費
日本の医療は海外と比べて非常に優れていて手厚いといわれています。医療機関へのアクセスの良さ(医療機関が多い、すぐに診てもらえる)、医療機器の設備が多く、検査や治療までの待ち時間が短い、というのが主な理由です。東京など大都市ではCTやMRI検査が緊急でなくとも当日してもらえる場合もあり、このような状況は他の国ではありえないでしょう。診療所も他の先進国では開業医は家庭医(かかりつけ医)に属し、検査設備が乏しくX線検査や血液検査ができない診療所も多いと聞きます。その場合、専門の病院に紹介して実施してもらうケースが多いようです。日本のように開業医で検査してその日に診断まで確定することは難しいです。ましてや日本のように個人診療所でMRIやCTを備えているところは皆無です。日本も現在はある一定規模の病院には紹介状がないといけないシステムになってきましたが、診療所レベルでは自由アクセスですので住まいの地区関係なくどこでも受診することができます。海外では受診できる家庭医も決まっているので自由アクセスは患者さんにはメリットが大きいと思います。
このように日本の医療事情は他の国に比べて恵まれていると言えるでしょう。しかし、その反面、医療費がどんどん膨れ上がってきています。日本の医療費は2025年約45兆円で、20年前(2005年)の33兆円から1.4倍に増加しています。対GDP比でも20年間で7.8から12%に増加しており、医療費の占める割合自体も増加傾向にあります。この状態が続けば日本のGDPの増加が冷え込んでいる現状を考えると医療費ばかりが上がってきて日本経済そのものの破壊の原因となりかねません。このコラムでは医療費高騰の原因とこれからの対策を考えてみたいと思います。
日本の医療費高騰の原因
- 新しい質の高い高額医療の増加
これは世界的に共通した理由です。遺伝子治療、癌治療や免疫療法などの分野で高額な薬が開発され、多くの人に投与されるようになり、高額医療が増加しています。希少疾患といわれる病気の治療では日本円で1億円以上かかる薬もあります。関節リウマチやアトピー性皮膚炎など非常に多くの患者さんに対しても近年、有効性の高い高額な注射薬が登場し、月12万円近くかかります(3割負担で3-4万円)。以前の飲み薬とくらべて10倍にも及びますが、このような慢性疾患は一生ものですので全体の医療費を引き上げる原因となっています。これは一例ですが、各種抗がん剤も新たな高い薬が登場していますので今後の医療費上昇は必須です。これらの医療費の上昇は医療の質が上がるという意味では喜ばしいわけで、削減することはできません。国はこの状況に対して製薬メーカーに薬価の減額を申し入れて対応しています。
- 高齢化社会
これも世界共通の問題でしょう。①で示した高額な医療も増えており、以前なら治療できない疾患が直せるようになってきています。それにより人が長生きできるようになりました。しかし、治療は一度だけではなく継続的に行われます。高い薬を常用する場合もあり、少なくとも長期にわたり通院も必要ですので、そのたびに医療費がかかります。病気は年齢に伴い増加していきますので、長生きする人が増えるに比例して医療費がかさんでくるのは必至です。
- 診療所・病院数の増加と高額医療設備の増加
医療施設や医療機器が増加することは患者にとってはアクセスの良さや利便性からしても大変喜ばしいことなのですが、一方で医療がその分、分散される傾向があり、非効率に医療原資が利用されることになります。特に都市部の医療機関数は非常に密になっており、それぞれが患者獲得に躍起になっています。専門性の高い医療機関も増えており、患者はそれぞれの医療機関に分散して診療を受けます。そのたびに初診料や再診料がかかります。画像検査専門のクリニックにも紹介受診するとそこでも検査+診療代がかかります。また、最近は医療材料費自体が高騰したり、スタッフの人件費が上がったりしていますが、診療代そのものは増額されていないので病院のほとんどが赤字経営になっています。この対策として病院側はどうしても「念のため」に過剰な診療になる傾向があります。私の医院から患者を紹介してお返事を読むと、治療対象以外の予想外の治療が追加されていることがあり、誤ってはいないがそこまでやらなくても、と思うことが少なくありません。フリーアクセスという選択肢の多い日本の医療制度だとこのようなことが起こるのは当然と言えるでしょう。海外の先進国ではこのアクセス自体を制限して結果的に医療費が削減されています。日本でも今後は同じ地域には同種の診療所や病院が制限される時代がくると思います。そうでないと競争が激しくなり共倒れの危機さえ起こります。歯科診療所ではすでにそのような現象が起こっていますので、強制的に診療所を分散させることは重要だと思われます。
次回コラム25では医療費増加の対策について述べます。

