医療・医学なんでもコラム

院長が日々診療に携わる専門家としての知見から、医療や医学について様々なテーマで語ります。現状の医療と医学の実情がわかるコラムです。

コラム22 あふれる医療ネット情報にふりまわされないために  

脂質異常編

コラム18で脂質異常に対するChatGPTのコメントを紹介しました。これはあくまでガイドラインに沿った一般論です。医師はこの一般論を参考に患者に指導や治療を行っています。しかし、ここでもいつものように「コレステロールは高い方がよい」と主張する医師がおられます。なぜこのような意見がでてくるのでしょうか? この点について考察してみます。

脂質異常とは善玉、悪玉コレステロール、中性脂肪、リポ蛋白など様々な脂質の異常を総称した用語ですが、ここでは悪玉コレステロール(LDL)が高い脂質異常と定義することにします。

高LDL血症は本当に悪なのか?

LDLが高ければ高いほど動脈硬化性疾患が増えていくことはすでに多くの研究で証明されています。とはいえ、現状基準値としてしばしば使われる140以上が必ず危険なのか、というとそうではありません。高コレステロール血症は動脈硬化性疾患を発症する一つの因子に過ぎません。多くの住民を前向きに調査して動脈硬化に関する様々な指標と疾患の発症率との関係を調べた吹田研究というのがあります。この研究から、動脈硬化危険因子を数値化した吹田スコアと心血管イベントとの関係が示されました。以下のサイトに吹田スコアが計算できるページがあるので自分のデータを入力して将来の発症リスクを見てみましょう。

吹田スコアで冠動脈疾患の発症率を確認できる計算フォーム | DataClock

ちなみに私自身の吹田スコアを計算させると46点で向こう10年間のリスクが3%と出ました。私のLDLは140-145で少し高めですが、LDLが100未満になれば発症リスクは3→1%に減るようです。この発症率の減少は臨床的に意味があるのでしょうか? 逆に、発症しない確率が97から99%に増加する、と表現を変えたらどうでしょうか?この値を見てLDLを下げるために努力したり薬物治療始めたりする価値があるかは疑問です。それでは自分がLDL 180以上だったらどうでしょうか?吹田スコアは56点となり、リスクは9%に上がります。さすがに10%に近づいてくるとやや危機感を感じますね。医療の世界では一般に将来のイベント予測が10%以上になると予防が必要という暗黙の了解があります。もちろんそれ以下で治療の介入をしてはいけないわけではありませんが、治療の費用対効果を考えると効率は悪いと言わざるを得ません。心血管疾患予防の場合、低い発症率のレベルであればまずは食事療法や運動療法など身近な生活習慣を見直すことが重要でしょう。

心血管疾患の2次予防と家族性高脂血症について

前述したのは心血管疾患を発症していない人向けの予防(一次予防)の話でした。すでに心臓冠動脈狭窄による狭心症や心筋梗塞を発症してしまった場合の2次予防(再発予防)における脂質異常の管理については一次予防とは異なる対応が必要です。これはすでに冠動脈疾患を起こしてしまった患者においては血中脂質増加が病気発症に強く関与しているとの仮定に基づくものです。実際、1994年に報告された4444名の冠動脈疾患を用いたRCT(無作為研究)でスタチン製剤(LDLコレステロールを下げる薬)を投与した群とプラセボ(偽薬)を投与した群で予後を比較したところ、冠動脈疾患による死亡がスタチン群で111人、プラセボ群で189名という結果で、死亡の相対的なリスクが42%減少したことが示されました。最近はスタチンを処方しないで経過観察をする研究は倫理的に難しく、LDLコレステロールをどれだけ下げるかが研究の目標となっています。私の古巣である東京女子医大循環器内科を中心として行われたHIJ-PROPER研究が2017年にヨーロッパ心臓病学会誌に報告されましたが、スタチンを内服してLDLコレステロールを70-100にコントロールした標準治療群と70未満の治療強化群に分けられました(それぞれ約860例)。その結果、約4年経過観察して心血管イベントは前者で36.9%、後者群32.8%で、数値では強化群で低いイベント率を示すも、統計的には有意ではありませんでした(図1、参考文献3より)。しかし、米国では先行研究であるPROVE-IT TIMI-22 試験 (2004)、TNT 試験 (Treating to New Targets, 2005)がすでに治療強化群で有意に心血管イベントを減らすことが示されていました。民族や食生活の違いもあるでしょうが、我が国の前者の研究では有意差は出なかったという一つのエビデンスを作りました。しかし、我が国の前者の研究結果では、日本国内でLDL70未満の強化療法を否定するには早急であるとも述べられています。近年ではPCSK9という種類の注射薬によりLDLコレステロールを著明に低下させる新たな薬が登場し、特に家族性高LDL血症の冠動脈疾患患者の治療に用いられています(FOURIER試験)。この薬によりLDLは30まで低下するのですが、この治療によってもイベントは15%低下したにすぎず、その効果は限定的といわざるを得ません(図2、参考文献4より)。

「コレステロールが低いと癌が増える」は本当か?

アンチコレステロール派が今でも「コレステロールが低いと癌が増える」「日本人は癌が多いのでコレステロールは高い方がよい」という説を唱えています。これは本当でしょうか? この説は1970~90年代の観察研究で「総コレステロールが低い群ほど癌死亡が多い」という相関が見られたことから広まりましたが、その多くは逆因果(サブクリニカルな癌や肝疾患・栄養不良・喫煙等がコレステロールを下げている)で説明できると考えられています。その後、先ほど一次予防の話で述べた様々な大規模研究では低栄養や肝疾患などの交絡因子を考慮した多変量解析で、低コレステロールと癌の関係については否定されています。

 

私の結論

コレステロール、特に悪玉LDLコレステロールは心血管リスクの一つであることは言うまでもありませんが、適正なコントロール値については、初めて発症を予防する一次予防とすでに罹患した方の再発を防ぐ二次予防で異なっています。一次予防では基準値140を越えたあたりから食事療法と運動療法を意識的に取り入れ、それ以上上がらないように努めましょう。それでも170-180を越えるようなら特に男性では薬物療法を検討してください。吹田スコアを用いて自分のリスクを知っておくのも重要で、それを見てどのリスク因子を注意すればよいかがわかると思います。2次予防についてLDL100以下は必須、70以下に下げるかどうかはまだ明確なエビデンスはありません。心血管疾患の2次予防のためという名目で低ければ低いほど良いというのは現状では言い過ぎと考えられます。私はこの説については製薬メーカーとの利益相反が多分に絡んでいると考えています。PCSK9のエビデンスで見るように、LDLを30に下げても残余リスクが多いというのは他のリスク因子の修正が必要であることは明白であり、そこを議論せずLDLだけをターゲットにするのは言い過ぎでしょう。脂質異常管理のガイドラインを作成している世界中の医師はすべてこのスタチン薬剤に関する利益相反を持っています。その事実も考慮し、現場の医師には冷静に患者さんの診療を決めてほしいと思います。

参考文献

  1. Cannon CP, Braunwald E, McCabe CH, et al. Intensive versus moderate lipid lowering with statins after acute coronary syndromes. New England Journal of Medicine. 2004;350(15):1495-1504.
     (PROVE-IT TIMI 22 試験)
  2. LaRosa JC, Grundy SM, Waters DD, et al. Intensive lipid lowering with atorvastatin in patients with stable coronary disease. New England Journal of Medicine. 2005;352(14):1425-1435.
     (Treating to New Targets: TNT 試験)
  3. Hagiwara N, Origasa H, Ogawa H; HIJ-PROPER Investigators. Low-density lipoprotein cholesterol target value <70 mg/dL is not beneficial compared with 90–110 mg/dL in patients with stable coronary artery disease: a randomized controlled trial. European Heart Journal. 2017;38(16):1215-1223.
     (HIJ-PROPER研究)
  4. Sabatine MS, Giugliano RP, Keech AC, et al.; FOURIER Steering Committee and Investigators. Evolocumab and clinical outcomes in patients with cardiovascular disease. New England Journal of Medicine. 2017;376(18):1713-1722.
     (FOURIER 試験)

コラム21  あふれる医療ネット情報にふりまわされないために 

 糖尿病編

1,血糖値は高い方がよい?」

これも和田秀樹氏がよく言っています。糖尿病患者さんが高い血糖を放置しておけば次々に合併症を起こし、場合によっては死に至る、ということは医師であればだれでも知っています。これも高血圧の議論と同じで、糖尿病治療薬である血糖降下薬によって低血糖が起こり、それが病態を悪化させる、という議論にすり替わっているのです。実は糖尿病治療の世界ではこの「低血糖」のリスクは何十年も前から議論されており、下がりすぎは害になるというエビデンスが構築されています。そのため治療医は無理せず、その患者さんの糖尿病重症度に合わせて血糖を調整してきました。特に高齢者への低血糖リスクは生命予後に直結するので、ある程度あまい血糖コントロールであっても目をつぶっているというのが実際のところです。しかし、最近は低血糖リスクの極めて低い治療薬がでてきました。私も多くの患者さんでそのような薬を処方しますが、低血糖と思われる症状が出た人はいません。それでも低血糖が心配という患者さんには、自分で血液をしぼりとらなくても血糖値を測定できる「リブレ」という腕に貼るパッチタイプのセンサーで非観血的に血糖を随時測定してみることをお勧めします。

ーム | アボット

このパッチは7000-8000円とやや高額ですが、2週間連続使用でき、血糖値と食事との関係、時間との関係など血糖変動のことを学べるチャンスになるので1度は装着してみるとよいと思います。パッチはネット購入でき、スマートフォンでスキャンしてデータを保存もできます。当院ではコントロールが難しい患者、自分の意志で食事と血糖の関係を明らかにしたいという治療を兼ねた向学心のある方に装着して、データを共有しています。この試みは患者の食生活に極めて有益な情報が得られるのでお勧めしています。このように随時血糖がわかる時代においては低血糖が起こるリスクはインスリン分泌がある程度保たれている2型糖尿病患者では低くなっています。また、食生活と投薬を工夫すれば非糖尿病者に近い血糖コントロールも可能かもしれません。特に60歳以下の若い糖尿病患者においては厳格なコントロールにより将来の合併症の確率をできるだけ下げる努力が必要と思います。

2.血糖値と予後のエビデンス

では実際には血糖値はどのくらい下げるとその後の病気の発症や寿命に影響を受けるのでしょうか? 様々な大規模研究が行われています。

イギリスで行われた3642例が登録されたUKPDS研究ではHbA1cと予後の関係が記されています(BMJ. 2000 Aug 12;321(7258):405–412)。西暦2000年出版でやや古い論文ですが、図1のようにHbA1cが高いほど糖尿病関連死亡が増加していることがわかります。この論文だと血糖管理は低ければ低いほどよいというようにも見えます。その後の代表的な研究であるADVANCE試験(11,140例を対象にしたランダム化研究:NEJMという有名雑誌に掲載)では、HbA1c6.5%以下を目標にした群とそうでない群にわけてその後5年以上の予後を観察しています。2008年出版でやや古いトライアルにはなりますが、HbA1c 6.5%以下の血糖強化療法群では糖尿病性腎症の発症率を下げ、それにより大血管+微小血管イベントが10%低下したという結果が得られました。両群のHbA1c値の平均は強化群6.53%、非強化群7.30%で、最終の血管イベント率がそれぞれ18.1%、20%です(図2A,2B)。確かに10%下げたという結果で統計的に有意差はあるのですが、血糖下げる努力の割にイベント率が18%もあるのかという悲観的な意見もあると思います。この研究の登録患者にはすでに心血管病の既往患者が30%程度含まれているというのもイベントが高くなった理由かもしれません。血糖コントロールを強化するのも大事だが別の血管病予防である血圧や脂質異常の改善なども併せて強化する必要があると思われます。

また、糖尿病には血管障害以外に癌や認知症の発生率が高いことが知られています。日本の研究のメタ解析では、糖尿病患者は非糖尿病と比べて。大腸がん(ハザード比:HR=1.40)、肝臓がん(HR=1.97)、膵臓がん(HR=1.85)、胆管がん(HR=1.66、男性のみ)など、特定の部位のがんにおいて統計的に有意なリスク上昇が認められました。他の部位においてもリスク上昇が示唆され、糖尿病は日本人における全がん発生率を全体的に20%増加させる要因であることが明らかになりました(Cancer Sci. 2013 Aug 25;104(11):1499–1507. )。しかし、癌の発生とHbA1c値との関連は乏しいというのが現状のエビデンスのようです。

認知症の発生については、2012年にそれまでの有数の予後を解析した論文のメタ解析を行った結果、脳血管障害からくる血管性認知症だけでなくアルツハイマー型認知症についても糖尿病患者でより高頻度に発病することが明らかになっています(J Diabetes Investig. 2013 Apr 26;4(6):640–650)。この論文ではアルツハイマーの発病は糖尿病患者で1.56倍のリスク、血管性認知症のリスクは2.27倍、全認知症では1.73倍のリスクがあると示されています。HbA1cとの関係については近年の論文で、HbA1c 6-7%が最も低いリスクで、9以上になると有意に認知症の発生率が高くなることが示されています(図3)(JAMA Neurol. 2023 Apr 17;80(6):597–604.)。 

3.私の結論

糖尿病を発症した人の血糖コントロールの重要性はこれまでの膨大な研究データから明らかであることがわかります。しかも、高血圧や脂質異常といった血管リスク因子と比べて、生活習慣の変化によって血糖コントロールは大きく変化します。幸い、医師による治療においては近年、低血糖を起こしにくい薬剤が主流になっており、薬で低血糖という”副作用“はかなり減りました。しかし、高血糖についてはかかりつけの医師の治療だけではどうにもなりません。実生活における糖質や炭水化物のコントロールに常に目を向けて定期的な医師の指導のもと良い血糖値の管理を継続してください。

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